2014年10月25日

『共犯』その1

今年(2014年)の東京国際映画祭は、残念ながら台湾映画の上映はわずか一つ。その作品、『共犯』(原題も《共犯》、英題は“Partners in Crime”)を観てきました。

まずは基本データをまとめて。

東京国際映画祭の紹介ページ
公式Facebookwikipedia
導演 / 張榮吉
演員 / 巫建和、ケ育凱、鄭開元、姚愛ィ、洪于晴、溫貞菱、梁赫群、黃鐙輝、黃采儀、李烈、柯佳嬿

予告編はこちら。ただ、映画の各場面がかなり広範に取り入れられ、ネタバレではないにしてもいろいろ印象を残しそうなので、これから観る方は見ないほうがいいかも。



『光にふれる(逆光飛翔)』張榮吉監督による、新しいチャレンジを試みた作品。3人の男子高校生が、偶然同じ高校の女子生徒の死体を見つけたことから、その死の真相を探るために調べ始め、その女子生徒の部屋に忍び込む。そこから……という展開。

面白かったです。謎解きで引っ張るというより、事態の展開(より正確には、既に起こってしまった出来事が後になって登場人物への負荷となっていく過程)で引っ張る物語。3人の男子高校生はそれぞれ特徴的なキャラクターで、3者3様の孤独感と焦燥感が印象的でした。公式Facebookには、男女6人の高校生の画像が用いられていたので、その6人の関係がもっと主題化されるのかと思っていたけど、そうではなく、この3人の男子高校生により力点が置かれた話でした。その意味で、予想外に「男の子の映画」だったなあと感じました。

ただ、すごくツボだったかというと、正直言って違いました。面白かったし、チャレンジは買うけど、自分のツボからは微妙に外れていたようにも思います。twitterでの反応をみていると非常に好評なのですが(そしてそうなるのもわかるのですが)、観終えた後の感想は今一つすっきりしませんでした。その理由は、あともう一歩必然性を描き出してほしいところが簡単にスキップされて「孤独」というところに落ちてしまっている(ように見えた)ことなど、いくつかあるような気がするのですが、もう少し考えて整理できればと思います。光と音の使い方、特に人工的な光の使い方はなかなかで、個人的には印象に残りました。

登場人物について。まず3人の男子高校生。黃立淮を演じていたのは巫建和wikipedia)。去年の東京国際映画祭で上映された台湾映画『Together(甜‧祕密)』でも、高校生を演じていました(上馬=小揚の友人の、赤いヘルメット・赤いパーカーの男の子役)。ドラマでは《終極一班3》や《流氓蛋糕店》(ショコラ)にも出演。『ショコラ』では金髪になっています。

Q&Aセッションで、張榮吉監督は6人の高校生のうち4人はほぼ演技経験がなかったと言っていましたが、葉一凱を演じていた鄭開元と、林永群を演じていたケ育凱Facebook)はその4人に含まれるようです。鄭開元は莊敬高職演藝科に在籍、ケ育凱は華岡藝校戲劇科出身とのこと。二人とも好演だったと思います。

3人登場した女子高校生のうち、演技経験があるのは、朱靜怡を演じた溫貞菱wikipediaFacebook)です。彼女も実は、巫建和と同じく『Together(甜‧祕密)』に出演していました(巫建和と分かれたりよりを戻したりした女子高校生役です。随分今回と印象が違う!)。他には、今年の台北電影節で最優秀長編劇映画賞に選ばれた、錢翔監督の《迴光奏鳴曲》にも出演しています。

他の二人、夏薇喬を演じた姚愛寗と、黃立淮の妹・黃詠臻を演じた洪于晴Facebook)は、演技経験がないようです。とはいえ完全に無縁だったかというとそうではなく、姚愛寗はMV出演経験は多く広告モデルもしており、洪于晴も広告モデル出身とのこと。

他は、夏薇喬の母は李烈(『光にふれる』に続いての出演ですね)、高校の男性教師は梁赫群(最近の映画出演は『失魂』『一分間だけ』など)、高校のやる気のないカウンセラーは柯佳嬿(ドラマ『進め!キラメキ女子』など)、警察官は黃鐙輝(『モンガに散る』など)、黃立淮・黃詠臻の母(アイロンをかけていた)のは黃采儀wikipedia、彼女は『光にふれる』にも『Together(甜‧祕密)』にも出演いていたらしいけど思い出せない…)。

最後に、音楽関係を。まず挿入歌として用いられていたのは、家家が歌う「Once The Night Comes」。これ、作曲は嚴爵です。このMVも映画本編の画像入れすぎな気が…。


片尾曲はflumpoolの〈孤獨〉でした。ここでは省略。エンドロールで初めて登場したこの歌、歌詞は確かに映画の内容と関連があるのだけど、やや「とってつけた」感があった気も。

夏薇喬が映画中で行ったライブは、陳綺貞率いるThe Verseのライブでした。陳綺貞、一瞬だけでしたが写りましたね。歌っていたのは《快速動眼》。ちなみにこの記事によると、陳綺貞は初の映画出演だったそうです:蘋果日報の記事「陳綺貞《共犯》捐軀 5秒處女乍現」


『共犯』、明日観る予定のAの感想を早く聞いてみたいところです。(→ Aのコメント


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2014年06月17日

『異境の中の故郷』

『異境の中の故郷 作家リービ英雄52年ぶりの台中再訪』

大妻女子大学で『異境の中の故郷 作家リービ英雄52年ぶりの台中再訪』を観てきた。監督の大川景子さんと、出演者でもある作家の温又柔さんのトーク付。豪華企画だが、なんと大妻のふつーの授業。でも外部からの参加も可だったので、女子大生に囲まれて場違いながら参加。かなり浮きまくりだったけど、それでも行ってよかった。それだけする価値のある映画だった。

さて、この映画。作家・リービ英雄が子供時代を過ごした台中を52年ぶりに帰郷する姿を追ったドキュメンタリー。最初は単なる記録のつもりだったのが、実際に撮り進めるうちに作品にしなければという思いが募り、ドキュメンタリー作品としてまとめたのこと。作品を目指さないで撮りはじめた映像が、不意にドラマティックなエピソードとしてつながり始めるライブ感。ドキュメンタリーだからこそかもしれないし、まさに映画的とも言えるし。どちらにしても、独特の緊張感が全編にわたって続き、ドキュメンタリーにありがちな間延びなし。最後まで食い入るように見てしまった。

観た後の感想は、人によってそれぞれだと思う。でも研究員Aには、これがひどく個人的であると同時に普遍的な物語に思えた。時を隔てて向かいあう「故郷」。忘れてしまっていたはずのもの、終わったはずのことが、今まさにここにあるかのように生々しく蘇る。それと同時に、それがもうそこにはない、地球上のどこにもないという現実とも向かいあわなければならない残酷さ。強烈な郷愁と喪失感の中で翻弄されるリービの姿が痛切であればあるほど、それはリービの個人的な物語であることを超えて、観客それぞれが抱えている物語と共鳴し始める。

研究員Aは一昨年、亡くなった祖母の家を取り壊す前に片づけをした時のことを思い出していた。電気も水ももう通ってはない思い出の場所で、思い出の品を見つけてはそれを捨てるということを繰り返した一週間。かつての通学路を通って祖母宅と実家を往復する中で目にする、さま変わりした故郷。リービのように複雑な家庭事情は研究員Aにはない。それでも、過去への郷愁とそれをもう取り戻すことができないという喪失感、自分の居場所がどこなのかを探しあぐねる不安な気持ち。リービの物語を眺めながら、研究員Aは研究員Aの物語をどこかで反芻していた。

だからこれはリービ個人の物語であると同時に、すべての人の中に眠る普遍的な物語でもあるのだと思う。もちろんリービの物語の中にあるアメリカ、台湾、日本、中国という要素を共有できる人は少ない。「越境者」という立場そのものを理解できない人も多い。リービのアイデンティティはまさに「越境者」であることから生まれるものだし、彼の物語もその事実の上に積み上げられた部分が多い。しかしそれでもなお、ここで語られている物語が、我々すべての普遍的物語である部分は確かにある。個人的でもあり、普遍的でもある物語。どちらでもない、どちらでもある物語を追体験するという緊張感が、この映画をスリリングにしている。

更に面白かったのは、この映画がひどく「言語的」であること。普通、映画というのは映像に語らせる部分が多い。言葉ももちろん重要ではあるものの、映像に解説を加えるのは必要最低限、という美学がある。

しかし、この映画の主人公は作家。作家というのは、体験、感情など目に見えないものを言葉にするのが仕事。実際、過去に起きたこと、これから起こることへの不安、今現在の気持ち、さっき自分がとった行動の意味などなど、リービはありとあらゆることに解説を加えていく。職業病というか、パラノイアというか、ともかく想いが深まれば深まるほど、言葉にならぬ感情が湧き上がれば湧き上がるほど、憑かれたように言葉を紡ぐリービ。ただ、その言葉を邪魔せぬように、でも負けぬように、映像が映像ならではの言葉を発する部分もある。そのバランスが何だか独特で、とても面白かった。過剰に言語的で、でも映画好きでもある研究員Aにとっては特に。

そんなわけで、研究員Aにとってはとても、とても面白かったこの映画。でも、すべての人にお勧めなのかは、よく分からない。特に「過剰に言語的」な部分が消化不良になってしまう人はいるんじゃないかな。でもそれはもう、リービ英雄を見に行くんだから覚悟してくださいってことで。

台湾についてほとんど触れなかったけど、そこを超えて、個人的で普遍的で、でも確実に特殊でそれでも誰が見ても美しくて、という映画だったので、ぜひぜひみなさまご覧ください。自分の中にある何かがすごく揺るがされる物語です。それを言葉にしようとすると、また苦悩してしまうんだけどね。リービさんと同じように。あなたも。私も。

*『異境の中の故郷 作家リービ英雄52年ぶりの台中再訪』の上映情報はこちら。7月には関西でも上映予定があるようです。

posted by 研究員A at 22:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月31日

台南女中の“短パン・アピール”

台南女中の“短パン・アピール”(『GF*BF(女朋友。男朋友)』)

台湾映画『GF*BF(女朋友。男朋友)』日本公式サイト)の日本公開が迫ってきたので、小ネタをひとつ、まとめておこうと思います。昨年のアジアンクィア映画祭での上映の後ぐらいに、twitterでつぶやいてもいるのですが、時間も経ったので改めて。

で、何かというと、映画冒頭の部分の、女子学生たちが制服のスカート強制拒否を示すため、一斉に脱ぎ捨てるシーンについてです。実はあのシーンは、2010年に台南女中(台南女子高級中學:日本統治期からの歴史を持つ有名校の高校)で実際に行われたこと(式典中に一斉に脱ぎ捨てて空に投げる)をふまえたものです。『GF*BF』の日本公式サイトのTRIVIAのページに、概略が以下のようにまとめてあります。

“短パン履きたい”

冒頭で忠良の双子の娘たちが先導する“短パン・アピール”。2010年3月15日、同様の抗議行動が台南女子高級中学(高校)で実際に起きている。女子高生2,000人近くが朝礼中の校庭で一斉に長ズボンを脱ぎ、下に履いていた短パン姿になった。新しく赴任した教官が制服指導を強化し、「短パンは体育の時間だけ」「ジャージの上着ファスナーは制服の第二ボタンの位置まで上げる」などとしたことへの反発からだったという。抗議の結果、学校側は短パン着用を認め、制服規定を見直すことを約束した。


もう4年前のニュースですが、このことを報道したニュース映像がいくつかYoutubeに残っているので、そのうちの一つを貼りつけておきます。

中國時報「台南女中脫褲爭權益 校方:穿短褲也行」


上に引用した概略に「教官」とありますが、台湾の高校には「軍訓教官」(wikipedia)という人が配属されています。主に生活指導を担当し、通常の教員ではなく現役軍人がなるポストです。『あの頃、君を追いかけた』など、台湾の学園ものの映画やドラマでこの教官がたびたび登場するのを観ている方も多いと思います。『GF*BF』では女性教官でしたが、この台南女中のときは男性教官だったようです。

新たに着任したこの教官が、短パン禁止など服装の指導の厳格化を進めたことに対して、学生たちは不満のメッセージを表明していたようですが、その教官が受け入れなかったので、こうした抗議行動に出たようです(つまり、単に短パンがいいというよりは、説得的な理由があるとは思えない規定を、上から有無をいわせない形で導入したこと、そして不満の声に耳を傾けなかったことが反発を呼んだということのようです)。それに先立って、抗議の意思を表明する「南女短褲幫官方網站」というサイトを学生たちが立ち上げたり、学生たちの間で携帯電話のショートメッセージで朝礼での実行について情報が共有されたりしていたようで、そうした経過を経て、こういう行動に至ったという次第です。

「南女短褲幫官方網站」に掲載されていた内容は、「315南女學運」というサイトで今でも見ることができます。上のニュース映像でも出てきますが、周杰倫の「說好的幸福呢」(Youtube)の替え歌で、「說好的短褲呢?」という詞が作られていて、その歌詞がトイレに貼られたりしたいう話があります。その歌詞はこのページに出ていますが、一部引用するとこんな感じです: 「怎麼了 光明他 說好的 短褲呢/你來了 南女就 全部都 改變了/又不是穿著自己的便服跑去合作社/為什麼穿南女短褲的我要自律訓練呢」。また、さらに「短褲」を「自由」にした、「說好的自由呢?」という言葉は、このサイトでのアピールのキーワードとして使われています。例えばこのページ

長ズボンを脱ぎ捨てるという行動は目を引くものですが、いろいろ見ていくと、単に目を引く行動があったというだけにとどまらない、学生たちの異議申し立ての主張の力強さが感じられます。それこそ、この春のひまわり学生運動にも通じるような。実際、このときの台南女中の学生たちは、2014年にはちょうど大学生になっているくらいですし。

なお、実は2008年ごろから、既に台北の北一女(台北市立第一女子高級中學)などで学生たちから同様の主張が提起されていました。2009年時点の経過は、日本語で整理しているページがあるので、そちらをご参照ください:
中国女性・ジェンダーニュース+「台湾で女子生徒に対するスカート強制が問題に」

この事件は、映画『GF*BF』の本筋と直接かかわる程度は決して大きくないけど(といっていいのか)、こうした背景や精神についてイメージを持っていると、一層興味深く観ることができる……かも???

最後に、「南女短褲幫官方網站」に載っていた画像を貼り付けておきます。たぶん、当時校内に掲示されたものかと: 「自由南女:南女,由我們來定義」。

ziyounannu2010.jpg


【2014.6.1夜 追記】

既に『GF*BF』をご覧になった方は、女子高生たちが朝礼のときに脱ぎ捨てたのはスカートだったのでは?と思ったかもしれません。しかし、実際に女子高生たちが脱ぎ捨てたのは、上記のとおり長ズボンでした。台南女中では短パンを認めず長ズボン着用が強制されたことへの反発として、長ズボンを脱いで投げ捨てたのです。しかし、上でも少し書いていますが、同時期に北一女などでは「スカートの強制」に対する反発の動きがありました。そして強制される服装は異なりますが、女子高生への服装強制への批判という意味では共通しています(「短パンはダメだから長ズボンを」と「短パンでの登下校はダメだからスカートを」の両方の強制が出てくるところに、ジェンダー規範のアドホックさや理不尽さがまさに露見しているわけですが)。

『GF*BF』では、(北一女などのような)スカートの強制に対して、(台南女中のような)一斉に脱いで投げ捨てるという抗議行動がなされた、という風に、二つを組み合わせるような形で脚色されて描かれています。実際、映画での女子高は台北にある設定になっていて、でも制服のスクールカラーは(北一女の緑色とは異なり)台南女中のスクールカラーを想起させる水色になっているあたりも、やはり二つを組み合わせていることがうかがえます。

posted by 研究員B at 23:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月25日

『総舗師 メインシェフへの道(總舖師)』

『総舗師 ― メインシェフへの道(總舖師)』その1

今年(2013年)の東京国際映画祭、「台湾電影ルネッサンス2013」として台湾の6作品を上映する企画が組まれましたが、映画祭が終わってもう一か月近い(金馬獎の発表まで終わってしまった)のに、まだレビューを書けていない作品がちらほら。そこで、間抜けなタイミングですが、研究員Bが1本レビューを書きます。取り上げるのは、『総舗師 ― メインシェフへの道(總舖師)』! 以下、ネタばれありなので(そして、ひじょーーに長くなってしまったので…)ご注意を。

まずは予告編を。



基本データは以下の通り:
東京国際映画祭の紹介ページ
公式Facebookwikipedia
導演 / 陳玉勳
演員 / 林美秀、楊祐寧、夏于喬、吳念真、柯一正、喜翔、陳竹昇、陳萬號、脫線、黃美龍 (米漿)、許振得、陳彥佐、錢俞安、楊麗音、單承矩、謝宇威


いやあ、おもしろかった! まったくもって整った映画じゃないし、ベタな笑いも多いし、ツッコミどころもたくさんあるのだけど、「やりたい放題」な感じがとても好印象で、笑いつつ(苦笑も含む)ホロリとしつつ、楽しめました。2時間半にもわたる長さは評価が分かれるかもしれないけど、個人的にはこの長さは「やりたい放題」の帰結であり、その限りで作品の命でもある(!)気がするので、OKです。実際観ていて長さは気になりませんでした。

競い合うことや、勝負することがメインイベントになる物語の場合、しばしば勝利が達成すべき目的になり、ゴールになります。あるいは、そこに至るまでの「努力」とか「友情」とか「家族愛」とかの価値がクローズアップされたりします。この『総舗師』も、物語のメインイベントは料理を競い合い審査員に評価されることなので、「勝利」や「努力」や「友情」の物語に転化することは大いにありえたはずです。でも、そうなるかと思ったらなかなかそうならなかったし、最終的にもそうはなっていませんでした(なりきってはいませんでした、かも)。興味深かった点はたくさんあったのですが、この点は特に印象的でした。

「伝説の総舗師」とか、「料理醫生」とか、「伝説の総舗師が残したノート」とかは確かに出てくるし、ストーリーの重要なポイントになっています。だけど、それらは「エライ」存在だとか、絶対的な価値を帯びたものとしては描かれていなかったと思います。権威の極みの存在になりそうな、3人のかつての総舗師は、今ではみなさまざまな理由で現役ではありません。楊祐寧が演じた「料理醫生」も、料理の指導はするけれど、彼自身はそれほどカリスマっぽくなく、スキルフルだけど自分の技術を過信しているわけでなく、どちらかというと先人が蓄積したノウハウの継承者という感じで、「オレのつくった料理は誰が食べたってうまいと思うはずだ」的な態度もありません。それどころか、ごく普通の人たちがそれぞれの家庭でつくるトマトと卵の炒め物(ちなみにこれ、所長(6歳)も大好き)のレシピを、一つひとつに敬意と愛情をもって収集していたりもします。つまり、ひたすらエラそうじゃないままなのです。「総舗師が残したノート」だって、そもそも欠落状態なので、いまいち「バイブル」になりきれません。そして極めつけは、メインイベントの対決です。ピリピリした緊張感のある、真剣勝負の頂上決戦になってもいいはずなのですが、審査員たちのぶっ飛び具合と勝手な盛り上がりと判断のテキトーさ加減(笑)のために、価値を厳密に競い合うという雰囲気になりません。こんな風に、物語のあちこちに、いかにも絶対的な権威や価値を帯びそうなポイントはいろいろあるのですが、ことごとくそうなりきれない形で描かれています。でもそのおかげで、競い合うこと・勝負することにしばしばついてまわる息苦しさみたいなものは、ほぼ一掃されていました。

かといって、じゃあ反対に、競い合うことや勝ち負けなんて料理には「ふさわしくない」という話になって、裏返しに「やはり家庭料理が一番」「料理は“愛情”だ」といった、別の息苦しいことが主張されるかというと、そういう風にもなりません。この映画は、何かが○であって別の何かは×だという主張をことさらにすること自体をうまく避けています。別の言い方をすれば、愛情やら家庭やら正統性やらといった、より高次の価値のために料理があるわけではないということが、込められていたように思います。吳念真が演じていた「憨人師」は、今ではあんな場所であんな形ではあるけれど、どんな状況であっても、おいしい料理を作り続けていました。つくったものを目の前の人に食べてもらっておいしいと思ってもらう(自分でもおいしいと思う)こと、ただそれだけが素晴らしいことであり楽しいことである――という感じでしょうか。

実際、上の予告編で、「憨人師」はこう述べています:「心如過歓喜、菜就好吃(If your heart is full of joy, the food will taste good)」。このメッセージは、実はとても伝えにくいものです。「心が大事!」といった形で料理から焦点をずらすのでもなく、でも決して単なる「何でもあり」でもない。「やりたい放題」にみえる展開の奥で、このことが実に巧みに(どこまで意図したものかはわからないけど=「天然」の芸なのかもしれないけど)達成されていたので、笑いつつもそれにとどまらない、独特の気持ちよさを感じながら観ることができました。(トマトと卵の炒め物をつくるごく普通のおばさんたちや、白菜を背負った農家のおばあさんなどのいい表情は、その気持ちよさをさらに強めるものでした。)

加えてもう一つ、物語を通じて、登場人物たちがいっさい成長しない(!)ことも、実に好印象でした(笑)。以下、ほぼ主人公的存在だった、夏于喬が演じた小婉についてそのことを少し。

上で述べた競い合うことや勝負の物語でありがちなのは、その過程を通じて登場人物が技術的・人間的に“成長”するというパターンです。しかしこの小婉は、軽いというか浅いというか、ひたすら深まったりすることなく、最後まで成長しないまま貫徹していて実に素晴らしかったです(笑)。借金とか、舞い込んだ新婚の老夫婦の依頼とか、直接的な理由だけで動いているのであって、「料理の道」とか「父のカタキ」みたいな、より高次の価値のためにやるのではなく、その点は徹底されていました。それは母親の、林美秀が演じた愛鳳も同じで、完全に勢い任せ(!)。そこにうまいことに次々と助けてくれる人が登場するわけですが、その人たちがあまりに完璧だとまた白けてしまうところ、いちいちビミョーな人ばかりが助けてくれようとします(あるいは、助けてくれる役にいつの間にかなってしまいます)。水腳AとBも、「召喚獸」の3人もそうだし、当初助けてくれた「料理醫生」だって、一見有能だけどどこかズレているといえなくもないし、そもそも途中から敵側にまわってしまいます。脫線(陳炳楠)が演じていた虎鼻師もそう。この役に立たなさそうな濃いサブキャラがどんどん出てくるところは、とても楽しめました。

ただ、ことさらに深まっていく過程を出さないといっても、それもそれでやりすぎると、奥行きのない、ただの平板な人物像になっていまいます。小婉のキャラクターを殺さずに、たくさんでなく必要なだけでいいので、それなりの奥行きをわかりやすい形で描くにはどうしたらいいか。出された名解答が、「段ボール箱をかぶる」(!)でした。これは素晴らしいアイディアで、かなり感心。おきらく研にも、部屋の隅に段ボール箱を置いておこうかと思ってしまいました(笑)。

そしてしかも、これだけ助けてもらいながら、物語の最後で最終的に小婉がなんだかちゃんと(?)自立していて、そこもまたものすごく素晴らしいと思いました。小婉なので当然、そこに変な引け目を感じたりしてもいない様子ですし、とにかく素晴らしい(笑)。


……以上、延々とぐだぐだ書いてきましたが、まあ要するに細かいことは考えずにぜひ観てください、というのが一番伝えたいことです(すみません)。楽しめますよ!

カラフルな色彩、ファッションや小物のチャーミング(?)さ、そして音楽(王希文のものも、馬念先のものも、ぜんぶ!)などなど、まだまだ魅力的な面がたくさん発見できる作品です。未見の方、今後もし機会があれば、ぜひどうぞ!


【2014年7月4日追記】
この『総舗師 メインシェフへの道(總舖師)』が、2014年11月1日から東京・シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国で公開されることが決定したそうです! 新たなタイトルは、『祝宴!シェフ』。多くの人に観ていただきたい作品なので、うれしい限り。
(参考記事) 映画.com CINEMA TOPICS ONLINE

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2013年11月24日

2013金馬獎・結果

本日(昨日)、第五十屆金馬獎の授賞式が行われ、各賞が発表されました。以下、受賞者・受賞作品をご紹介。ノミネートリストは昨日のエントリをご参照ください。


●最佳劇情片(最優秀作品賞)
爸媽不在家(ILO ILO:2013東京フィルメックス)

●最佳創作短片(最優秀短編映画)
酥油燈

●最佳紀錄片(最優秀ドキュメンタリー賞)
看見台灣(Facebook

●最佳導演(最優秀監督賞)
蔡明亮(郊遊:ピクニック:2013東京フィルメックス)

●最佳新導演(最優秀新人監督賞)
陳哲藝(爸媽不在家:ILO ILO:2013東京フィルメックス)

●最佳男主角(最優秀主演男優賞)
李康生(郊遊:ピクニック:2013東京フィルメックス)

●最佳女主角(最優秀主演女優賞)
章子怡(一代宗師:グランド・マスター)

●最佳男配角(最優秀助演男優賞)
李雪健(一九四二)

●最佳女配角(最優秀助演女優賞)
楊雁雁(爸媽不在家:ILO ILO:2013東京フィルメックス)

●最佳新演員(最優秀新人賞)
郭書瑤(志氣:Facebook

●最佳原著劇本(最優秀オリジナル脚本賞)
陳哲藝(爸媽不在家:ILO ILO:2013東京フィルメックス)

●最佳改編劇本(最優秀脚色賞)
李檣(致我們終將逝去的青春:So Young:2013TIFF)

●最佳攝影(最優秀撮影賞)
Philippe Le Sourd(一代宗師:グランド・マスター)

●最佳視覺效果(最優秀視覚効果賞)
Pierre Buffin(一代宗師:グランド・マスター)

●最佳美術設計(最優秀美術デザイン賞)
張叔平, 邱偉明(一代宗師:グランド・マスター)

●最佳造型設計(最優秀衣装デザイン賞)
張叔平(一代宗師:グランド・マスター)

●最佳動作設計(最優秀アクション監督賞)
成龍, 何鈞, 成家班(十二生肖:ライジング・ドラゴン)

●最佳原創電影音樂(最優秀オリジナル映画音楽賞)
林強(天注定:罪の手ざわり:2013東京フィルメックス)

●最佳原創電影歌曲(最優秀映画主題歌賞)
I Love You(詞:陳如山 曲:陳如山 唱:睏熊霸 一首搖滾上月球:Facebook

●最佳剪輯(最優秀編集賞)
Matthieu Laclau, 林旭東(天注定:罪の手ざわり:2013東京フィルメックス)

●最佳音效(最優秀音響効果賞)
杜篤之, 郭禮杞, Mark Ford(郊遊:ピクニック:2013東京フィルメックス)

●年度台灣傑出電影工作者(最優秀台湾映画人賞)
葉如芬

●終身成就獎
甄珍



去年よりは、台湾映画の存在感がある結果になりました。50回を記念する会ということもあって、とにかく会場の顔ぶれが豪華で、最後の雛壇にずらり!という風景は圧巻でした。

で、これで終わりだと味気ないので、今回もまた動画を二つほど。

ひとつは、最佳新演員(最優秀新人賞)で郭書瑤が選ばれた作品、《志氣》Facebook)。実際に綱引きで世界一になった、景美女中のチームを描いた作品。景美女中は名門女子校としても有名ですが(陳綺貞の出身校でもあります)、意外にこんな活躍も見せています。日本で上映の機会がないままですが、どこかでやらないものか…。予告編です。



もうひとつは、最佳原創電影歌曲(最優秀映画主題歌賞)でいろんな有力ライバルに勝って選ばれた、"I Love You"の動画を。今年の台北電影節で観客賞を獲得したドキュメンタリー映画《一首搖滾上月球》Facebook)から、平均年齢52歳のロックバンド・睏熊霸の歌です。この作品は、以前当ブログでちょっとだけ紹介しました。こういうドキュメンタリーや短編も、もっともっと日本で上映される機会があるといいのですが。



というわけで、以上ひとまず速報まで。

posted by 研究員B at 01:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする