2021年04月06日

《N1》:若手原住民シンガーのコンピレーションアルバム

阿爆(阿仍仍)といえば、原住民パイワン族の女性シンガー。昨年秋にアルバム《kinakaian 母親的舌頭》や収録曲〈Thank You 感謝〉で金曲獎を多数受賞したことで、台湾音楽ファンならご存じの人も多いと思います。

この阿爆が、2015年から「那屋瓦環島部落收音計畫」という試みを行っていたことはあまり知られていないかもしれません。これは台湾各地の原住民の伝統的な音楽を収集・記録しようとするもので、阿爆は4年にわたり50の集落を訪れ、40の歌を集めたそうです。ちなみに「那屋瓦」(nanguaq)とは、パイワン語で「好的」「美好的」という意味とのこと。

ただ、阿爆がめざしたのは原住民音楽を記録に残していくことだけではありませんでした。この「那屋瓦」はその後、原住民の若いシンガーやミュージシャンに原住民の言葉で音楽をつくるチャンスを与え、制作を支援するプロジェクトにも発展していきます。その成果が、今回紹介するコンピレーションアルバム《N1》です。

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2021年3月にリリースされたアルバム《N1》は、17〜29歳の若い原住民アーティストたち7人の曲を集めたもの。既に音楽・芸能活動の経験がある人もいれば、そうした経験がほぼない人もいます。音楽のスタイルもさまざまで、ソウル、エレクトロニカ、ヒップホップ、EDMなど。むしろことさらに伝統的なスタイルをとるのではなく、2021年のこの世代の若者らしい、ストレートに現代的で、等身大のサウンドを志向しているのもポイント。歌われている内容も等身大ですが、原住民の言葉の歌詞でそれぞれが歌っているところが最大の特徴です。

ただ、この7人の多くにとって本格的な音楽制作やレコーディングはあまり経験がないものだったため、そうした点については「那屋瓦」が積極的に支援をしたそうです。具体的には、阿爆だけでなく、《kinakaian 母親的舌頭》で共同プロデューサーを務めた黃少雍が加わり、音楽制作面で大きく支援しています。黃少雍はエレクトロニカのレーベル派樂黛唱片(Dark Paradise Records)を立ち上げた人物で、林瑪黛MATELINのメンバーでありつつ、メジャーからインディーズまでさまざまなアーティストの作編曲やプロデュースなどに携わってきた人です。その結果、《N1》の各収録曲は、若手アーティストの個性を生かしつつプロフェッショナルな水準のサウンドに仕上がることになりました。

ただ、では「那屋瓦」や《N1》の目的が若い原住民シンガーの発掘だったのかというと必ずしもそうではなく、阿爆はあくまでもチャレンジの機会と実践の場を与え、原住民のアーティストが妥協なく自らを表現できることこそが重要だと考えているそうです。だから、《N1》のリリースを経てさらに音楽の道を進むのもよし、進まないのもまたよしというスタンスとのこと。それは逆にいうと、原住民の若いアーティストの表現活動には、現実にはまだまだ制約があるということでもあり、だからこそ「那屋瓦」の支援には大きい意味があるようです。

……というわけで、ここからようやく7人のアーティストとその音楽の紹介です。

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上段左から、Natsuko 夏子、Arase 阿拉斯、
中段左から、Dremedreman 曾妮、Drangadrang 薛薛、
下段左から、Makav 真愛、Kivi。
(Stingie 丁繼 だけ画像未公開です)


【Natsuko 夏子】Instagram
昨年から一気に注目を集めているユニット珂拉hCollageは、もうチェック済みの人もいるかもしれません。夏子はその珂拉hの作詞作曲を担当するボーカリストで、アミ族と客家のバックグラウンドがあるとのこと。《N1》には「fu'is 星星歌」という曲で参加。彼女のスタイルや志向と黃少雍の力量が非常にうまくかみ合った作品で、カラフルな電子音の中で躍るアミ語と日本語の歌詞が印象的な、見事なトラックです。珂拉hとはまた違う、新しい面を切り開いた感あり。
ちなみに、この歌の歌詞で描かれる、星が大事なことを思い出させてくれるというモチーフはアミ族の神話に由来するものだそうです。MVで描かれるのは區間車での北部から台東への旅。人物イラストも夏子自身によるもの。


【Arase 阿拉斯】Facebook / Instagram
屏東霧台鄉出身・ルカイ族のAraseは、テレビやYouTubeの番組の司会者、俳優、ミュージシャンなど、さまざまな活動を既にしている人。本来コミカルなエンターテイナーという感じの人みたいですが、《N1》収録の「spi adringi na ico 夢人」では内省的な歌を歌いあげています。盧廣仲や魏如萱のバックでのプレイが知られる阿雞(張瀚中)がアコーディオンで参加。


【Dremedreman 曾妮】Facebook
台東金峰鄉出身・パイワン族のDremedremanは現在19歳、花蓮の国立東華大学で学ぶ大学生。2019年結成の東南美樂團のメンバーでもある彼女は、2015年に上述した「那屋瓦環島部落收音計畫」に加わった経験などから、伝統的な原住民文化に強い思いを抱き、学び続けているそうです。《N1》収録曲では豊かな歌声が印象的。ギターで徐研培(光引フ)が参加。
→ YouTube 「ngadan 名字」

【Stingie 丁繼】Facebook
屏東丹路部落出身のパイワン族・Stingieは、地元の小学校で音楽教師を務めながら、さまざまな音楽活動に取り組んでいるとのこと。《N1》収録曲はノリよく気持ちのいいトラック。これいいです! 小学校の子どもたちも絶対楽しく踊りそう。
→ Spotify 「kaseljangi ⼀起嘛」

【Drangadrang 薛薛】Facebook / Instagram
パイワン族とアミ族の両方のバックグラウンドをもつDrangadrangは、なんと弁護士を経てユーチューバーになった人物。台湾北部で過ごした子ども時代や仕事のキャリアの初期に直面した差別の経験から、マイノリティとしての原住民の状況について取り上げる番組をYouTubeで配信するようになったとのこと。《N1》収録曲はストレートなヒップホップ。
→ YouTube 「Life’s Pazangal 壓力山大」

【Makav 真愛】Spotify
ブヌン族のMakavは17歳。ルーツは南投と花蓮ながら、小さいころから都市で育ったとのこと。《N1》収録曲は高校生の等身大の目線で歌われる曲。ルカイ族の男性への思いを歌う歌なので、サビにはルカイ語のフレーズが盛り込まれていて、それが曲名にもなっています。
→ YouTube 「embiyax su hug 你好嗎」

【Kivi】Facebook / Instagram
kivi(Kivi Pasurivai)は23歳のパイワン族のシンガーソングライター。既にシンガーとして、フォロワー数や再生回数でかなりの数字を持っている人ですが、実は彼女、来日経験があります。Suming 舒米恩による原住民の若手アーティストを発掘するコンテスト「海邊的孩子」で投票1位に選ばれた結果、2019年9月に来日した「2.0樂團」の一員でした。その時のパフォーマンスが絶品だったのが思い出されます。
《N1》収録曲「macidilj 自己」はルカイ族の古謠「讓我們一起」も取り入れた一曲。洗練されたR&B、完成度高くかっこいいです。


《N1》は以上の7曲に加え、Dizparityなど3名によるリミックスを含む10トラックで構成されています。原住民音楽の新しい動向が気になる方も、台湾のエレクトロニカのチャレンジにふれたい方も、ぜひご一聴を!



なお、このアルバムのリリースに合わせて、3月27日にはZepp New Taipeiでライブイベント『後浪趴_原民新聲發表會』が行われ、オンラインで視聴することができました。特筆すべきは夏子のパフォーマンスで、上記の「fu'is 星星歌」に加え、珂拉hのギター王家權も登場して珂拉hの「紅弁慶」と「MALIYANG」もライブで聴くことができ、なかなか胸熱。他のみなさんもほんと歌がうまいので、ライブでも(ライブの方が?)実に見事でした。あと個人的には、ドラムのョ聖文Peter Laiの熱いプレイを久々に観ることができたことも満足。

というわけで長〜くなりましたが、この《N1》の面々、ぜひ覚えておいてください!


posted by 研究員B at 01:06 | Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする