2021年03月03日

近藤弥生子『オードリー・タンの思考』

近藤弥生子『オードリー・タンの思考』(ブックマン社,2021)を読了。

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日本で唐鳳(オードリー・タン)について語られる言葉は、「天才オードリー」が「困難な課題を解決してくれた!」というストーリーになりがち(そして、そういうヒーロー/ヒロインが日本にいないことへの慨嘆にもなりがち)。でも、この本はそうなっていない点が最大の特徴。特に第3章は「オードリー・タンの仕事」と題されながら、読んでみると実は唐鳳自身の存在感はそこまで大きいわけではない。でもそれは実態に即しているからであって、唐鳳は個々の仕事で重要なキーパーソンだったけど、彼女がすべてを決定的に解決したり動かしたりしたわけではなく、シビックハッカーなど他の多くの人たちが関与してイノベーションをもたらすような仕組みづくりこそが主な貢献だった(そしてそもそも、唐鳳自身もそうしたシビックハッカーたちの一人だった)。個々のソーシャル・イノベーションを特定の個人の努力に還元できるわけではないので、最初に挙げたようなストーリーを見かけるたびに疑問を感じていたけど、唐鳳を描きつつ唐鳳だけではない広がりが浮かび上がってくるこの本は、その点で納得できる印象。

そうだからこそ、読んでいるうちに唐鳳自身だけでなく、その周囲の人たちへの関心も引き起こされてくる。唐鳳の両親はもちろん※、収録されている3人のインタビューも非常に興味深かった。
※母の李雅卿は、台湾のオルタナティブ教育を論じるときに必ず出てくる人。たとえば以下の文献: 一見真理子「台湾におけるオルタナティブ教育実践空間の保障:その登場・存続をめぐる調査研究から」(永田佳之編『変容する世界と日本のオルタナティブ教育』世織書房,2019)。

またこの本は、シビックハッカーやオープンガバメントなどについて、唐鳳を入り口にして知るきっかけになる本ともいえそう。ここから、日本での同様の取り組みはどんなのがあるのだろう? こうした取り組みを公共政策にスムーズに取り入れるためには何が必要なのだろう? 台湾はどういうプロセスを経てこういう状況に至ったのだろう? その背景には何があるのだろう?と考えを深めるきっかけにもなるかも。

そして、ヒーロー/ヒロイン待望論的でない形で、自分や自分がいる社会・コミュニティについて考えられるようになるというスタンスが示されている点もこの本のポイント。最初に書いた「天才オードリー」が「困難な課題を解決してくれた!」というストーリーがまさにそうだけど、「すごい人がいるならその人に任せてしまえばいい」という発想がされがちな中、そうではないスタンスが明示されているので、安心して読むことができた。各個人が軽いフットワークで、できることで貢献し関わっていこうという姿勢、その延長線上に社会のイノベーションがあるという視点は、唐鳳(やその他の人々や台湾の人々)から学べる重要な点の一つで、そのことの意味を著者とともに日本語圏の読者がかみしめることができるのは、なかなか貴重。しかもそれを「義務」や「責任」という以上に「楽しむこと」として唐鳳/近藤さんが語っているのも印象深い。

一冊の本としては、まとまりがいいとはいえない面もあるのも確かだけど、それでもいろんなヒントや発見が得られそうな本。読者一人ひとりによってその発見も違っていそうで、読後感をいろんな人に聞いてみたくなる。

現在重版中らしく、オンラインの書店で入手しやすくなるのはもう一週間ぐらいかかりそうだけど、大きめの書店なら店頭に残っているところもある模様。気になる方は探してみてください。(2021年3月11日追記:重版ができたようです!)(研究員B)

【以下、2021年3月11日追記】
上記の文章を書いたあと(3月6日)に、別のところに以下のように書いたので、こちらにも転載しておきます。
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『オードリー・タンの思考』(近藤弥生子著)は、「出発点になる本」だ。

あの本をどう表現すればいいのかもやもやしていて、ブログに書いた文章も歯に物が挟まった感じになっちゃったのだけど、自分としてはこの「出発点になる本」という(いま思いついた)表現が一番すっきりするように思える。

本にはいろいろあって、たどりついた結論からの眺めを見せてくれる本、ダイナミックなプロセスを味わわせてくれる本などさまざまだけど、『オードリー・タンの思考』は、読み終えた後に、読者がそこから新たにどこかに出発しようと思える本だと思う。

読んでおしまいになるのではなく、読み終えたらそこから読者の新しい日々が始まる本、という感じ。

的外れかもしれないし、当たり前かもしれないけど、個人的にいまこの表現を思いついてすっきりした気分なので、いいことにしよう。よかったよかった😀
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posted by 研究員B at 22:09 | Comment(0) | 本・雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする